デザイン事務所「Kanae Design Labo」の塚本カナエが、
日常に起こる興味津々な出来事や、プチデザイン話を書き綴ります。

2009年11月15日

This is it

マイケル・ジャクソンの"This is it"をOさんに勧められて観て参りました。


生前は特に彼のファンだったということでもないのですが、一言、「マイケルは天才だ」と思いました。

また彼らのオーディションをしていたダンス監督かな?が「美しくて、技術があることだけじゃだめ、華がないとね」と言っているのが印象的でした。技術のあるダンサーさんたちはたくさん居ます。しかしその中で華があるのは本当にごく少数です。その彼らに囲まれて彼らは大好きなマイケルのために120%で動くでしょう。その中でマイケルはもっと輝かなくてはならないのです。

しかも彼はそのリハの途中で「ここが違う」と明確に指摘できるところが余程自分のよしとするヴィジョンを持っているのだろうと思いました。

マイケルは、ダンサーさんたちの間では日本で公演があり、オーディションがあるなら何を置いてでも行きたい存在なんだそうです。
すごいですね。

天才は作品と自分のリアルライフのバランスは取れなかったようですね。何かが突出していればそれでいいんですがね。ですが、、、彼が幸せだったかどうかは本人しかわかりません。アメリカ的エクストラオーディナリーは大げさすぎていいのかどうか、、、と常々思っていましたが、客観的に面白い部分も多々あるし、そういう中でこそマイケルのような人が生まれたのかも、、、とも思いました。

今となっては幸せだったことを祈るのみです。
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2009年09月29日

赤ちゃんのいる家。

先日驚いたことがひとつ。

友人のお子さん誕生のお祝いにかなり遅ればせながらおもちゃをプレゼントしました。
そのおもちゃをご両親が開けて下さり、取り出したら何やらがしゃがしゃという音が。おもちゃはタオル地でできているので何か詰め物があるのかと思って探ってみたが何もない。

ご両親がおっしゃるには「最近はレジ袋の画者が社と言う音を赤ちゃんが子宮の中の音と認識して安心するからそういう音のするものをおもちゃに故意に入れる」とのこと。

そう言えばそういうことを何年か前に聞いたことがあるような気が。

しかし、大人はあの音はあまり嬉しくない音に認識してしまうのですが、成長するにつれ、そのことはすっかり忘れてしまうものなのでしょうか?


そのおもちゃは見た目で選んだのですが、箱を開いてみるといくつかの人形が違った音が出るようになっていて、最終的に一番大きな人形(手を入れて動かすことができるようになっている)に全てが収まるようにできています。

子供のおもちゃが段々増えていくことを考えると子供用のおもちゃはそういうことも考えていないといけないと思いました。

そして赤ちゃんの目線でリビングを眺めると様々な危険満載でした。
ご両親に聞くと家具の角につけるクッションのようなものはすぐはがれてきた、とのこと。赤ちゃんはようやく匍匐前進的なことができるようになった段階なのですが、もう少ししたら立って歩き出すことでしょう。そうしたときに後付でもしっかりした補強で家具の目障りにならないようなものがあるといいなとも思いました。

「子供や高齢者のことを考え過ぎていたらデザインが格好悪くなる」と思っていた20代のときを思い出して「あれじゃやっぱり駄目だ」と思った次第です。

あと、子供が産まれるとすっかり生活が子供を中心に回るようになるものだなあ、、と感心しきり。

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2009年08月16日

曼珠院門跡の弁天茶屋

夏休みはどう過ごされましたか?

また今年も京都の曼珠院門跡の弁天茶屋に伺って絶品きのこ蕎麦+炊き込みご飯、デザートに宇治ミルクのカキ氷を頂いてきました。

蕎麦も炊き込みご飯も出汁がちゃんとしていて京風でなんともホッとする味です。カキ氷も蜜をご自分のところで作っていらして美味しいのです。カキ氷が美味しいというと「え?」と思われるかもしれませんが、食べてみて下さい。それで全てがわかります、、、。ふふ。
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曼珠院はちょっとアクセスが楽ではないのですが、本当は近所の詩仙堂を徒歩で回ってから行ってまず一休みで弁天茶屋へ立ち寄ると一層カキ氷が美味しいのです。ご主人のお人柄が偲ばれるたたずまいです。店内も気が行き届いています。今はそこを息子さんに少しづつ譲りながら頑張っていらっしゃいます。息子さんも気さくないい方でいつもいい親子だなあ、、、と思わされます。味もたたずまいもやはりそこの方の気持ちが出ますね。

この近辺は秋は紅葉の名所で人が多いのですが、夏は目に涼やかな緑に覆われた美しい場所ですので散策にもうってつけですよ。

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2009年07月11日

SOHYA TASの祇園祭のイベント

現在京都三条の「SOHYA TAS」(ソウヤ タス)というお店の商品を開発しています。そこが祇園祭りで店の内外でもイベントをやるとのことですので地下鉄烏丸御池駅のすぐ近く、イエモンカフェの二階にぜひお立ち寄り下さい。オリジナルビーチサンダルもその場で作ってもらえたり、友禅体験講座もあるとのこと。必見。

千總さんという友禅の老舗が彼らの財産であるクオリティの高い模様を今に生かしてSOHYAという着物のセミオーダー中心のお店と「旅」をテーマにした小物を扱うSOHYA TASというお店を作っています。そのSOHYA TASのほうの商品開発を今年の春からさせていただいております。春夏コレクションは春夏らしい柄で扇子やレターセット、葉書などを気軽に購入できる価格帯で発売しています。秋・冬にはまた違う柄で季節のアイテムを発表する予定です。近くにお立ち寄りの際は時々チェックして下さいね。

着物屋さんとお付き合いをしているとつい着物まで欲しくなります。日本の伝統のものには知れば知るほど奥深い細かい決まり事がたくさんあります。決まり事というと硬いのですが、それは大変ロジカルなもので唸らされます。模様にもそうです。

また「こだわる」という部分については若い社員の方まで持っていらっしゃるのが教育とはこういうことか、、、と思わされますね。

着物は思ったほど夏でも暑くないですし、いいですよ。

また昔の日本では「おあつらえ」は普通のことでしたが、今はほとんどしませんよね。その文化に触れてみる、というのもよい経験になります。また一度おあつらえしてみるととその良さに気づかされることでしょう。着物はたくさんのパーツを合わせていきますから組み合わせを考えるとき頭を使います。そこが醍醐味ですね。また千總さんや(もしくはSOHYAさんでは)デパートでは専門のアドバイザーがいますからその方に相談しながら決めていくと一揃い集めることができますから初心者でも安心です。

男女問わず、一度お試しあれ!
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2009年06月10日

キングダム・オブ・グラス

今回はスェーデンのお話です。

スェーデンにはSmaland(mの上に小さな○が付いて「スモーランド」と発音する)という地方があります。スェーデンの南方ですが、ここはキングダム・オブ・グラスと呼ばれている地域です。

オレフォシュやコスタ・ボーダという大きなガラス工場からもっと中小規模の工場・工房までいろいろあります。

田舎なのでレンタカーでもしたほうが回りやすいでしょう。
森と湖が多い地方なのでガラスや陶磁器などの工場が発達したのだと思いますが、のどかでいい場所です。

このオレフォシュの工場併設のガラスの学校があるのですが、そこに一ヶ月ほど行ったことがあります。触れるものは全て初めてだったのですが、8時過ぎから始まって15:00には終わるのですが、「人間の仕事」という言葉がぴったり来る感触を初めて受けて毎日楽しく過ごしました。ただ15:00に終わることが大変不満でした。もっと続けたいのに翌日のガラスの種を溶かす時間も必要なため、ここで終わらざるを得ないのです。

それでその後は学校の生徒はオレフォシュの工場がツアー客を対象に、「ヒュッテシル」というディナーを開催する際の余興として、白鳥とかカウボーイハットなどをその場で吹いてみせるバイトをしていました。
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このヒュッテシルというのはガラスを溶かす窯の上で、ベーコンやジャガイモ、その他野菜などを焼いて客に供するというディナー会なのですが、この地方の伝統的なもので、それをツアーの中に組み込んだものもあるとのことです。そこでガラス吹きが余興として吹いて見せるそうです。楽しそうですね!

この辺りの家の窓辺にはどこでもガラスを飾っていて、それが日光を通過する際の美しさに目を奪われます。ガラスは光の芸術なのでそれはその土地でしか味わえないものなのです。ベネチアングラスが美しいと言ってもそれはベネチアでしか本当のところは味わえないのです。地域によって光が違うのでその場所その場所で違ったものになります。
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ガラスは本当に面白い素材だと思います。



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2009年05月16日

伊勢神宮

伊勢神宮に初めて行って参りました。
圧倒的な場所でした。今まで京都もいろいろ巡ったつもりでいたのですが、日本の基本的なというか根幹の良いものとはこういうものか、、、と思わされる場所でした。

木の建築物もたくさん見たつもりでしたが、もっと古いもの。しかしそれは実は築後20年足らずのもので古の建て方が今に可能であるということがなんという国だろう、、、と思いました。20年ごとに全ての宮が東側か西側に建て替えられるというのですが、二千年を経た今もそれがつつがなく執り行われているというのも凄いですが、それをできるということが国の底力を見る思いでした。但し、橋などはフォークリフトが付近に置かれているのが「うーむ、さすがにそういうものは使うのか」と言う感じでしたが。

全ての場所に隙がないのです。しかし、息はできる。長い年月を人々が祈りを込めて大切に守りながら作りこんできた感じが伝わるのです。
それでないとここまでの森林をあの状態で保てないでしょう。

日本の木の良さが身体でわかる場所です。(祈りの力というものも見た気が致しましたが、、、。)
日本の本当にいいものを身体で感じることをしてみて下さい。
そうすることによって自分達の持っている不可視財産が何なのかを少しずつ理解できるようになると思います。
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2009年05月03日

先日、竹の子を食べに長岡京へ行った。
毎年の家族行事なのだが、本当にこのときばかりは「日本人で良かった」と思うことしきりだ。また西の生まれでないとこの味は堪能できないかもしれない。薄味だからだ。昨今は東北でもそれほど濃くはないのだがそれでも西と比べると味が濃い。それに慣れていると薄い中の微妙な味はわかりにくいかもしれない。

それと桜の時期を狙っていくのだが、古い皇室系の建物の二階から池を見下ろしその周辺に咲く夢のような桜の光景を眺めながらいただく竹の子は筆舌に尽くしがたい。

桜とは何故あのようにきれいなのだろう。

目黒川の桜も昼も夜も楽しめる。きれいではあるが何か一抹の危うさも含んでいるから余計美しく思うのだろう。

よく「桜の下には、、、」と言われるがあながち嘘でもなさそうな風情が夜桜にはある。

私の夢のひとつに山の中の大きな桜が一木だけあるような光景を見ることだ。しかも月夜がいいなと思う。多分照明に照らされた桜にはないもっと野生的な怖さがあるかもしれない。

いや、怖さが見たいわけではなくてそれが表裏一体となった「見てはいけない」ような美しさが見たいのだ。

そういう部分が何にでも大切なのだろう。表面だけでなくその奥底にあるものがちらちらと見えているような。

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2009年03月29日

ことはじめ

ブログ始めることにしました。

日々感じていることなどを書きとめたいと思います。

デザインすることは何も商品のデザインだけに留まることではないと思っています。
政治もデザインだし、街づくり、人づくりもデザインだと思います。

今政治のデザインがとても悪いですね。そう感じている方はとても多いのではないでしょうか。自分の党のことは考えなくてはならないのでしょうが、それが主流になっては国が傾く。いろいろなバランスが非常に悪くなっているように思います。

医療の問題もグランドデザインからやり直さなければならないのに重い腰が上がっていない。福祉関係のデザインは北欧はとてもいいわけですが、子供はフィンランドで産め、と言われているように外国人でもフィンランドで産むと無料だそうです。フランスも子供を産み育てるのにとても楽な環境だそうです。それはどちらの国も若手の人口が減っていく深刻な状況に対応しての対策だそうです。
フィンランドを初め北欧は何故男女社会参画が平等になったかと言えば歴史的に人口が少なく寒さの厳しい国だったので働き手がとても少なかったわけです。それを補うには男女どちらも働かなくてはどうにもならなという社会事情がありました。それでもやはりフィンランド人の女性はまだ完全に平等ではないと言います。フィンランドで違和感を感じたのはレディーファーストという習慣はほとんどありません。ドアのところで男女がたまたま鉢合わせたときにもどちらかドアに近いほうが先に入ります。そこにレディーファーストはありません。それからあまりに手厚い生活福祉状況が災いして私の見たヘルシンキの路上にはあちこちにアルコール中毒者が居ました。その彼らが時々外国人である私に「君は何故ここへ来たんだ?何のため?」と一種哲学的な質問をしてくるのです。またキルプトリと言われる蚤の市が土日とかに開催されるのですが、これが大きくなればなるほど不況だということで彼らにとっては喜ばしくない状況となる、ということも衝撃でした。日本人的感覚からすると「蚤の市」とは雑誌などから憧れのものでしたから、それを喜ばないということが驚きでした。

また私はカイ・フランクというデザイナーを尊敬してフィンランドに渡ったわけですが、学校の学科長にその話をしても「カイ・フランクがいいデザインをして、企業や人々が満足したままなので新しい人たちが出れないことは大問題なんだ」と言われ、それも非常に驚きでした。しばらく住んで観察しているとわかってきましたが、それで満足しているアラビア社がなかなかその後新商品を受け入れなかったということがあることです。アラビア社が満足していると言うよりは消費者が、、、、ということも大きな原因ではあります。現に友人たちのサマーコテージに行くと「おばあちゃんから譲り受けた」というカイ・フランクの「テーマ」というシリーズのレモンイエローの食器がありました。現代でも十分使えるし、またひとつ壊れても今でも同じものが買い足せる。その上、余談ですがついうっかりと「そうか、このレモンイエローはこの日差しに映えるんだ、、、」と思ったりしてしまいました。

それは自身がデザイナーでもある学科長にとても喜ばしくない状況だったのでしょう。また後進を育成する身になったときにもそれがいつも壁としてあるその状況への本心だったのでしょう。

ここで私はデザインの理想というものと現実的経済の葛藤を初めて実体験として体感したように思います。

フィンランドはアルバー・アールトを始め様々なすでに著名なデザイナーがたくさん居ました。その中でもがく若手の構造がはっきりと見えてきました。

日本に居ると北欧がすばらしい別天地に見えていましたが、行ってみるといろいろな面が見えます。別天地はどこにもないんですね。
物事には必ず表と裏がある。
国のデザインにも完璧なデザインはどこにもないのだろうけど日本は簡単にできそうなこともやれていない気がします。

外国で体験したことで印象深かったことを日本の状況と比べながらしばらく書いてみようと思います。
posted by KDL at 15:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする